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大阪高等裁判所 平成4年(ラ)426号 決定 1992年11月05日

抗告人

稲垣正弘こと

金正弘

相手方

株式会社 富商

右代表者代表取締役

中村友隆

右代理人弁護士

美根晴幸

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件担保取消の申立を却下する。

三  抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は別紙答弁書記載のとおりである。

二記録によれば、(一) 相手方は、平成元年九月二一日京都地方裁判所に、相手方が平成元年六月一六日件外高橋英次から土地建物を買い受けるに際し、抗告人から売買代金を借り受けたため買受けた土地建物の所有名義を抗告人にしたところ、抗告人が名義の返還に応じないとして、高橋から取得した所有権に基づく移転登記請求権を被保全権利として、右土地建物の処分禁止の仮処分を申請(平成元年(ヨ)第八四〇号)し、翌九月二二日その旨の仮処分決定がなされたこと、(二) その後、相手方は、抗告人を被告として同裁判所に本案訴訟を提起(平成元年(ワ)第二八三一号土地建物所有権移転登記手続請求事件)し、同裁判所は平成三年一二月一九日判決を言い渡したが、同判決では相手方が本件仮処分に対応するものとして右土地建物について前記所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めた主位的請求が棄却されたほか、抗告人、相手方間に平成元年六月一〇日頃成立した売買契約に基づき抗告人に対し二億三三〇〇万円の支払と引換えに所有権移転登記手続を求めた相手方の第一次予備的請求も棄却され、相手方が第二次予備的請求として主張した平成元年七月三日抗告人と相手方との間で成立した右土地建物を代金二億四〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約に基づく所有権移転登記手続請求が認容され、抗告人に対し、相手方から二億四〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに右土地建物について右売買を原因とする所有権移転登記手続を命じる判決があり、右判決は確定したことが認められる。

ところで、保全手続において提供された担保の取消についても適用される民訴法一一五条一項が担保取消の要件として定める「担保ノ事由止ミタルコト」とは、担保提供の必要がなくなった場合で、保証によって担保される原因行為が終局的に是認され、担保提供者に有利に確定し、債務者のため損害賠償請求が発生することが絶無であるか、あるいは希有と認められることを言うのであり、債権者の提起した本案訴訟で被保全権利の全部を是認する勝訴判決が確定したときが典型的な場合であるが、保全処分当時、被保全権利が存在しなくても、本案訴訟の弁論終結時までにこれが発生し、債権者全部勝訴の判決がなされ確定した場合などもこれと同一視してよいと解される。しかし、保全処分の被保全権利と本案訴訟の判決で是認された権利が実質的に異なったものであると認められる場合(この点の判断に際し、被保全権利と判決で確定された権利が請求の基礎を同じくするものであることは、権利の同一性を肯定する決め手にならない。)や本案訴訟の判決で被保全権利の一部が認容されたに止まる場合には、債務者にとって保全処分による損害の発生が絶無あるいは希有であると見ることはできないから、なお担保の事由が存在すると言うべきである。

本件について見るに、前記認定事実によれば、本件仮処分命令に際して認められた被保全権利は、本件土地建物について当時相手方が有していたとする所有権に基づく実質的な妨害排除請求権である真正名義の回復を原因とする所有権移転登記請求権であるところ、本案訴訟の判決では右仮処分に対応する主位的請求は棄却され、相手方が第二次予備的請求として主張した相手方が抗告人との間で異なる時期に締結した新たな売買契約の履行として所有権移転登記手続を求める請求が認容されたものであり、仮処分の被保全権利と実質的に異なった権利が確定されていることが明らかである。しかも、判決は主位的請求及び第一次予備的請求を棄却し、認容した第二次予備的請求も売買代金二億四〇〇〇万円の支払との引換え給付を命じるもので、全体として一部勝訴の判決に止まる。いずれにしても本件は担保の事由が止んだ場合にあたらないから、本件担保取消の申立は失当である。

よって、原決定を取り消し、本件担保取消の申立を却下し、抗告費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官吉田秀文 裁判官弘重一明 裁判官鏑木重明)

別紙抗告状

抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、相手方の担保取消決定の申立を却下する。

との決定を求める。

抗告の理由

一、原決定は、表記仮処分事件の本案訴訟である、

・事件名 京都地方裁判所平成元年(ワ)第二八二一号

所有権移転登記手続請求事件

・原告 相手方

・被告 抗告人

の事件について、平成三年一二月一九日なされた相手方勝訴の判決が、確定したことを理由としている。

二、しかしながら、右判決は、係争不動産についての仮処分事件との関係では、相手方の敗訴判決である。

三、すなわち、相手方の抗告人に対する仮処分申立事件において、相手方の主張した被保全権利は、相手方が、平成元年六月一六日、訴外高橋英次から代金二億八五〇万円で購入した不動産(本案訴訟において所有権移転登記手続を求めた不動産)の所有権であった。

四、しかしながら、本案訴訟において、裁判所は、相手方の右所有権取得経過についての相手方の主張を認めず、当該不動産所有権が相手方に移転したのは、平成元年七月三日付の相手方と抗告人との間の売買契約に基づくものであるとした。

五、すなわち、相手方が仮処分事件において被保全権利として主張した部分については、本案訴訟において明確に否定されたものといわなければならない。

六、従って、相手方が、御庁に対し、相手方勝訴判決の確定を理由に担保取消を求め、これを裁判所が認めたことは誤りである。

七、よって、抗告の趣旨記載の決定を求める。

別紙答弁書

抗告の趣旨に対する答弁

一、本件抗告を棄却する。

との決定をもとめる。

抗告の理由に対する答弁

一、抗告の理由第一項は認める。

二、本件仮処分は、相手方の本件不動産に対する所有権又は所有権の移転登記請求権を被保全権利にしてなされたものであり、本判決は相手方の右権利を認めるものであり、事実上相手方の勝訴判決といえる。

保全処分の被保全権利としては、本件不動産に対する所有権又は所有権移転登記請求権があることを相手方は、仮処分申立においては主張しており、右権利取得につき、どのように法律構成するかは、担保取消の関係でいう「担保の事由が止んだ」か否かを左右するものではないのである。

仮処分申立時において、仮処分申立人が主張した所有権又は所有権移転登記請求権が、本判決において認められた以上、相手方には被担保債権の不存在が確実になるのであり、「担保の事由」が止んだと言えるのである。

抗告人の主張は相手方に対する単なる嫌がらせであり、相手方が本訴において事実上全面勝訴して本件仮処分の目的を達成しているにも拘らず細かい権利構成についての差異を捉え、原審の担保取消決定につき異議を唱えるものであり妥当でない。

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